先日,6年住んだマンションを退去した。
西成に来たおかげで,【西成ジャズ】を知り,改めて生の音の迫力に驚き,その力をもって英気を養わせていただいた。
立ち飲み屋でひとり過ごすことも多くなった。
立飲み屋でひとり
これまで小料理屋や静かなバーで酒を味わいながら,その酔いを楽しんでいた。
若いころから接待や仲間内で飲んだ後に,ひとりバーでいろいろなことに思いを馳せながら仕上げる。
そういう飲み方が好きだった。
今,ここにきて立ち飲み屋でひとり,安酒で楽しめるようになったことが,無性に愉快だ。
数十年にわたり通っていたバーにも,何故か行くこともなくなった。
収入はそれなりの職席になっていたので不自由はしないが,年のせいか都心に行くことがおっくうになり,静かに時間を過ごすことよりも喧騒の中に身をおき,ぼんやりしている。
若い時には立ち飲み屋にいる連中を,そこまでして飲みたいのかと理解できなかった。
酒が飲みたいのではない。
そこにいることで,知らない連中が話す内容と自分の過去をふり返り,
それを酒の肴にして飲むことが楽しいことだと,ようやくわかってきた。
ある女の話
「そやから,そこまでして〇〇子ちゃんをとることないやろ? 知ったもん同士で。」
「そんなもん,わかるかい! 〇〇子ちゃんは別にあいつと付き合うとるわけやないし。」
「いや,それでも飲み仲間の仁義というもんがあるやろ?」
今も傍からそんな会話が聞こえる。
ここに時たま来る女性を常連同士が三角関係になったことを,まわりの別の常連たちがネタにして飲んでいる。
私の頭にはなぜか唐突にあるバーの女性から,コンサートに誘われたことを思い出した。
サラボーン。
伝説的に有名なアメリカの女性シンガーが来日するという。
そのバーはマスターがジャズ好きで,週末には客で来ているプレイヤーを集め店でセッションイベントを時たまにやっていた。
そのような店なので,話題がジャズになることが多かった。
私はそれほどジャズ好きではないが,嫌いではない。各フレーズ間でのプレイヤーの即興が新鮮で好きだ。
ポピュラーな曲なら知っている。女性シンガーではサラボーンの幅広い声域と暖かい声質が好みでよく聞いているので,その話は店でしていた。
結局,公演スケジュールに外せない用があって聴きに行くことはなかったが,あの子は今どうしてるのだろう?
そのころは,朝まで飲んでいることが多かったので,よく話をした。
美人ではないが男みたいな性格でウマが合った。悪友のスナックにも連れて行ったこともある。
数年後に結婚して,梅田の片隅で店をやっていると聞いた。
確かひとつ歳上だったからもういい年だな。孫もいるかもしれない。
元気で幸せにしていればいいが・・・。
サラボーン
コンサートに行くことはなかったが,来日公演後何年かして亡くなったことを知り,そのときに行けなかったことを残念に思った。
もう二度と彼女の生の声を聴けることはない。
その後,東京に転勤となり結婚もして子もできたころ,
ビデオ屋で彼女のライブビデオがあったので借りて観た。
往年の姿はそこにはなく,
アッパッパ?のドレスをまとった太ったおばあちゃん。
ハービーハンコックらとのジャムであったが,
ゾッと身震いがした。
🎵センド インザ クラウン(Send in the clowns)
若き日の声量はないのであろうが,
それを感じさせることのない細くなり太くなる歌声,
語るような一心に祈るようなその歌声に動けなくなり,終わって溜息しか出なかった。
この時のほうが往年時の歌声より凄みを感じた。
ドナリー
そういえば,一昨年【西成ジャズ ドナリー】に浜松から来た若いシンガーの声を聴いたときその声質と声量に往年のサラボーンがかぶった。
新人のようだが,いずれ有名になるだろう。
【西成ジャズ】で歌うシンガーは有名なシンガーも新人もいる。
歌が上手いシンガーのステージが,すべていつも良くて感動するわけでもない。
逆に新人シンガーの歌声にはっとすることもある。
どうしてだろう?
体調とか気分とかが関係するのであろうが,そこが面白いところかな。
一心に歌う時のその姿はベテランであろうが,新人であろうが伝わるものがある。
声の良さ,歌い方の旨さだけで感動するわけではないということか。
などと,
だれとも語らず,ただ黙っておっさんはぼんやりと酔いと思考の波に流されていく。