つぶやき

ねこのココとのお別れ エッセイ チンチラゴールデンペルシャ

家族で供養塔にお参り
しんしん

忘れられないから書き出したこの記事も,

彼女が逝ったくだりになって筆が進まなくなりました。

楽しかったことはいくらでも書けるのだけど,さすがに・・・。

前回

貝塚に来た猫のココ 海辺のマンションエッセイ

急変

家に戻り,そっと寝かせました。

息子が仕事から帰ったので状況を説明しました。良くなるかもしれないと。

 そろそろ水が欲しいだろうと,フキンにポカリスエットを浸して少しずつココに飲ませます。

 ココはこころもち少し口を開けて少しずつ飲みました。

まだつらいのか,目はほとんど閉じたまま。

だけど,自分で飲み下す元気はあります。

 家内と息子もその様子を心配そうに見ていました。

「グッグッ!」

 急にココがむせたのです。

小さく呻き,片前足を突き出しました。

 あわてて,背中をさすります。

もう一度前足を突き出し,今度は反るように伸びをしました。

 そして・・・・・

彼女はそれきり動かなくなりました。

「えっ?」

 良くなるものと期待していただけに,そのあっけない最後にとまどってしまいました。

 泣き虫の家内は泣いています。

「みんなココの最後におれて,良かったなぁ。」

私は自分に言い聞かすようにつぶやきました。

 奇しくもこれが

「末期の水をとる」こととなってしまったのです。

お別れ

家内が元の飼い主である娘にその最後を連絡しました。

 私は獣医にこの状況を電話で説明し,手当てしていただいたお礼を伝えました。

そのときに,ペットの葬儀や霊園について2.3情報を知りました。

 その業者は家まで迎えに来てくれて,火葬のあとにお骨も持って来てくれるといいます。

 家内とどうするか相談をしました。

 お骨をもらっても,私たちも20年もすればいなくなる。

 私たちがいなくなったら,だれがそのお骨を祭るのか?

 ネットで市の斎場がペットを火葬し,ペット共同の供養塔に祭ってもらえることを知りました。

翌日,斎場に連絡し,花を入れて家族3人で運びました。

 閉所後に供養塔にお骨が入るので,お参りできるのはその翌日とのこと。

 帰りにその供養塔を見に行きました。

ペットが忘れられず,お参りに来る人が多くいるのでしょう。

供養塔にはところ狭しと,たくさんの花が飾られていました。

 翌々日の朝,供養塔にお参りに行きました。

家族でココの墓参り

・・・彼女の声は聞こえませんでした。

彼女の声

なんともあっけない別れとなってしまいました。

当然彼女はもういません

 あれからふた月がたち,トイレ,食器なども処分しました。

なのに,忘れられません。

 無理に忘れる必要などありません。

良い思い出ばかりであったのだから。

私の 心のよりどころ のひとつだったのでしょう。

 供養塔は自転車で行ける距離で,週末にはお参りしています。

 ただ,ただ,よく思い出すのです。

家にいるときは特に。

パソコンに向かって作業をしているときや,映画を観ていると

 彼女の声が聞こえた気がします。

 足もとを通り過ぎた気がします。

 家内も今日ココが台所に来ていたとかをよく言います。

そうしたときに,

「もういないんや。

 今ごろどうしているのやろ?

 死んだんやから,

どうしているもないやろう。」

と思いつつ,彼女のことを考えてしまいます。

家にいるとココがいるような気がする

猫たちとのわかれの記憶

思えば猫との死別に居合わせたのは,初めてでした。

 「猫はだれも来ないところで死ぬ」

と,よく言われています。

 子供のころ実家にいたトラ猫は,いなくなってひと月して縁の下で見つかりました。

 青年期のころの白いシャムの雑種は,おとなになりかけていた子供をおいていなくなりました。

たぶん死期を悟って出て行ったのでしょう。

こどもはひと月のあいだ鳴き続け,そして家からいなくなりました・・・。

そとの世界

窓やベランダから外の世界をよく眺めていました。

 特に西成区にいたときには,4階のベランダからの見晴らしが良く,一望できました。

 まわりは,昔ながらの長屋が多く,屋根の上はねこの社交場となっていたのです。

 雨でない日にはかならず1,2匹。

多い日には5,6匹がたむろしていました。

 その猫たちに鳴きかけるわけでもなく,

じっとベランダから見つめていました。

 一度家出しましたが,怖くて1階の玄関の隅で震えていました。

ベランダから外の世界をながめる猫

ココのしあわせ

いい相手を見つけて,子供を産ませてやればよかったのでしょうか?

 死ぬリスクも覚悟で野良にしてやればしあわせだったのでしょうか?

 家にいて衣食住に困らない生活が幸せだったのでしょうか?

なじみの居酒屋のママが猫好きで,家で飼っているだけではなく

 店の裏口に来るノラ猫たちにも,よくエサをやっていました。

 来るのは1匹だけではなく,日ごとに別の猫が来ます。

連れ立ってくることはありません。

 ママがやるのはキャットフードではなく,客に出すさしみとかの切れ端です。

「ええ身分やのー。おれらは金払ってるのに」

と,常連たちは茶化すのですが。

 それを聞いてママは笑いながら,

「食べられへんで食いつめて来てんねんから,ごちそうしたらななぁ。

それにこの子ら長生きできひんから美味しいもんあげな。」

ノラ猫の寿命は4.5年くらいだそうです。

 そう考えると,13年とすこし生きたココは幸せだったのでしょうか?

長生きしたらしあわせ

というものでもないでしょうけど。

 ペットショップで商品として売られ,飼い主のもとにやってくる自体,保護猫やもらい猫と同じようなものだから本人?に不幸感はないでしょう。

 要は本人の自覚であり,ネコではない私に彼女のこころはわかりません。

 わかるのは自分のこころだけで,自分がさびしいことだけはわかります。

自分がしあわせだったことはわかります。

逝った先になにがあるのか?

天国というものがあって,そこでしあわせにいてくれるとよいが・・・。

 いままでありがとう。

 つぎの世界でも楽しく,しあわせでありますように。

旅立つねこのココ

書き出し

ねこのココ チンチラゴールデンペルシャとの思い出

墓参りに猫と出会う男
ねこのココ チンチラゴールデンペルシャとの思い出 エッセイペットの死というものについて,考えていただけるきっかけになれば幸いです。  先日,8年一緒にいた猫が死にました。  何かのおりにふと思い出します。特に家にいるとひんぱんに...。なかなか記憶が薄れてくれないので,いっそのこと書き残しておこうと思います。 ...

貝塚に来た猫のココ 海辺のマンション

窓から外を覗くねこのココ
貝塚に来た猫のココ 海辺のマンションエッセイペットロスの話です。 私が長年勤めていた仕事を退職したので,家族のいる本拠地のマンションに戻った。彼女にとっては初めての地。人間が3人。そして老犬が1匹。 ...
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 少し前にココが家出をしたことを書きました。

家出をどうやって解決したかの方法も載せています。

参考になるかもしれません。

ネコの家出にびっくり!この探し方で解決しました。【体験談】おかえり❤